そ、それは…。

昨日の夜10時過ぎ、彼がトイレの中から 『腹が痛ぃー、ピーピーしてきたんですょ。





夕食に食べたものを聞いてみると、
『ごはんと鮭と野菜。』と言ぅ。




(。-`ω-)ンー 特に中るよぅなものは…。





            






サ、サケってまさか…







『冷凍庫の奥にラップに包んであったヤツ?』





『それ。なんか端っこ生焼けだったかも。








エェエェエェエェエェエェエェエェエェエェエ(゚Д゚ノ)ノエェエェエェエェエェエェエェエライコッチャ






そ、それは生焼けでも何でもなく、正真正銘ですからーーーー




彼のところで鍋をやったとき、余った鮭を冷凍しておいたんですょ。
生なので奥のほぅに入れておいたのだけど…。



以前、おかずになるよぅにと塩鮭を焼いてラップして冷凍しておいたことがあったので、
彼は、その鮭がまだあったと勘違ぃし、食べてしまったよぅなのです。 Σ┌(_ω_ ;)┐





正露丸を飲んで寝るよぅに言ぃ、今朝は治まっていたよぅなのでひと安心ではありますが。





でもさぁ。






皮目に焼き色が一切ついてなかったら,、普通は気付かなぃか? ε=(≖Дˇ≖๑)









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今朝も比較的大きな余震がありました。
なかなか収まらない余震で、揺れてないときでも揺れているよぅな錯覚に陥ることがあります。
まぁ、こんなことくらぃ何でもないことですが。





最近、テレビを見ていて思ったことがあるのですけど。






ある俳優の、
『作品を通して被災者の方に勇気を与えられたら…』的な発言。


あるスポーツ選手の、
『自分たちがプレーで頑張る姿で被災者の方に勇気を与えられたら…』的な発言。







例ぇば、芸能人・スポーツ選手・その他著名人の方々が
被災地を思ってメッセージを発信したりすることは素晴らしぃと思ぅんですょ。
その言葉を心強く感じることもあると思ぅ。







でも、勇気を与えたぃといぅその映画は、被災者のことを思って作った作品じゃなく、
そのプレーは、被災者のために催すチャリティーでもない。




元々決まっていたものじゃないのでしょぅか。





時期的に不謹慎だから、とりあえず『被災者に勇気を』と言ってみる。





そぅいうものを見て、被災者が勇気を持てるなんてことが、本当にあるのでしょぅか。





収益を義援金にする、といぅならまだわかるんですょ。
でも、それでも、それが“勇気”になるとは思ぇない気がする。







被災者が勇気を持てるとしたなら、それは東北高校の球児のよぅな人たちからではないでしょぅか。
野球の練習なんかできず、食事も満足に摂れず、
なのに同じ被災者でありながら、片付けのボランティアに参加していた。




そんな人たちが甲子園で頑張る姿からなら“勇気”がもらえると思います。







だって。




被災してない側の人間がどんなに頑張っても、被災者の方の頑張りには遠く及ばなぃ。
頑張っている姿に勇気を貰えるのは、被災者でなくこちらのほぅだと思ぅんです。
被災地の人の頑張る姿を見て、尊敬の思ぃや、自分も何かしたぃといぅ勇気が貰ぇる。











“勇気を与ぇたい”といぅ言葉は、こぅいうとき軽々しく使ってはいけないんじゃいかなぁ、と感じてしまったのです。








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